福山城にも

みんなとお別れしたその翌日、福山城に行ってきました。

最近リニューアルされたと聞いてましたので、夫も仕事の休みの日に半日旅行と思い出かけたのです。

新幹線駅からも見える、駅のすぐそばにあるお城

以前はコンクリートで作られて、まったく魅力も感じず、それどころかへえ~というちょっと小馬鹿にしている自分がいて、今から思うと無知の極み、ほんと恥ずかしい限りですが、知らにってことは本当に残念な事

まあ、興味は人それぞれですから、何とも言えないけれど、せめて自分の国の歴史や文化に敬意を表すのが良いのではないかと。

昔の自分をさておいて、今となっては思うのです。


ず~っと昔の人々の積み重ねで今の日本があるのですからね。


歴女に憧れてる私はうきうき楽しみに出かけたのでした。


あれこれ歴史的なことはまだよくわからに私

でもこの福山城は戦争で焼ける前まで国宝だったそうで、明治の廃城令も乗り越えたのに、ついに戦争で焼けてしまい、その後コンクリート建築に


今回改めて改修されて見学に行ってきました




とても大きなお城で、岡山城よりもりっぱ。

江戸時代西国の大名たちににらみを利かせるために、立派なお城の建設を行ったそうで家康のいとこ水野勝成が築城

その当時の社会の成り立ちで、繁栄する街衰退する街、いろいろありますよね



今回の改修の一つの目玉は、お城の背面部分が鉄板で覆われていた事を再現したことだそうで、この改修にはクラウドファンディングで資金集めがされたそうで、それも現代ならでは。

鉄板部分は地元の企業が協力されたんですって。

次の世代に繋いでいくには、たくさんの協力なしではできないね

そんな説明を聞きながら、楽しく歩き回ったのです。




天守から見えた福山駅、江戸時代には福山駅の場所は城内

お堀も埋め立てられ、時代と共に干拓が進められ、今の地形になってきたようです


倉敷美観地区も、江戸時代の初めには海辺、干拓が進み、まるで大昔から今の状態だったかのように思っている自分たちですが、社会情勢も変わりながら地形も変わりながら時代は変化する

不思議なようだけど、今現代も大きく変化する転換期ですもの

納得します


元気いっぱい歩いて、帰ってきた夜、なんだか左足の薬指が痛くて腫れてる

楽しい時は気が付かなったけれど

翌日も腫れはひかず痛みも治まらず、病院に行く

薬をもらい、様子を見る

が今です。


まだ腫れはひかずで、どうしようもないけれど、どうしましょう。。。。

薬もなくなるし、明日病院行こうかしら・・・・


どこも痛くないって有難い事!!


ハル楡の木の下で

倉敷の自宅で暮らしを楽しむお菓子教室を開いています。お教室のご予約、お問い合わせはお問合せからお願いします。

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